b00k.jp ~積み上げ式読書ノート~
公開日:
最終更新日:2017/02/27

愚痴を言うよりも夢について語った方がいい

言ってはいけないと思いつつも、ついつい言ってしまう。
愚痴とはそういうものです。

不満をぶつけることで、すっきりします。
また誰かを貶めることで、相対的に自分が偉くなったような錯覚を覚えます。
そういった快楽を与えてくれるから愚痴はなかなかやめられないのです。

しかし、言うまでもないことですが、愚痴というのはあまりほめられたものではありません。
そこから何か建設的な話ができるわけではありません。

では、どうすれば愚痴を言わずにすむのでしょうか。
今回はそのための方法について考えていきます。

未来

愚痴が良くない理由

愚痴を言わない方法を見ていく前に、そもそもなぜ愚痴はよくないのでしょうか。
それは愚痴からは何も生産的な話が生まれないからです。

それには大きく
・愚痴は決めつけであること
・愚痴は過去の話であること
が原因です。

愚痴は決めつけ

愚痴が生産的でない理由の一つ目は、愚痴が決めつけにすぎないという点です。
愚痴というのは、基本的に不満や不平です。

「あいつのあそこが気に入らない」
「うちの会社のここがおかしい」
「あの製品は使えない」

確かにその通りなのかもしれませんが、それを言ったところで何になるのでしょうか
何かそれに対して建設的な対策ができるのでしょうか。

恐らく、そうはなりません。
不平、不満を言って、すっきりしてそれで終わりでしょう。
そして、また同じことが起こって、同じことで愚痴を言うのです。
不毛ではないでしょうか。

愚痴は相手の気に入らないところだけにフォーカスしています。
自分が悪いところ、直した方がいいところには一切目が行っていません。
人が直せるので一番感なものは、自分の態度です。
つまり、自分の悪いところを直すのが、一番早く、効率的なのです。

愚痴にはそういった視点が欠けています。
さらに、自分の悪いところを直すどころか、不満点を直接相手にいうわけでもありません。
何も改善されないのです。

愚痴は過去の話

愚痴が生産的でない理由の二つ目は、愚痴が過去の話であるという点です。
愚痴というのは、基本的に過ぎ去ったことに対していうものです。
未来に対して愚痴は言えないでしょう。

そして、過去というのは変えられません。
もう過ぎてしまったことなのですから。
それにたいして、あそこが悪い、ああすればよかった、などと言っても始まりません。
そんなことをするのなら、これからどうすればいいのかを考えるべきです。

以上の理由から、愚痴というのは生産性を欠いた行為だといえるでしょう。

未来について語った方が楽しい

愚痴というのは、
・決めつけにすぎない
・過去の対するものである
という点から、生産性がないということがわかりました。
では、私たちは本来何について語るべきなのでしょうか。
それは、未来についてです。

未来について語るというのは、過去について語るのとまったく逆の行為です。
なぜなら、未来はこれから変えられるものだからです。
まだ見えないものだからこそ、どうとでも想像する余地があるのです。

まだ決まっていないものについて話す方が、生産的です。
自分がこれからどうするべきか、という意味のある話ができます。
また、決まっていないからこそ想像が膨らみます。

建設的な結論がでて、かつ楽しい。
だかこそ、私たちは未来について話すべきなのです。

話すことで実現しやすくなる

未来について話すことで、
・建設的な意見が出る
・単純に楽しい
というメリットがあります。
さらに、これらのメリットに加え未来について話すことで、実現性が増すというのがあります。

未来について話すことで、自分の中のイメージがはっきりします
ただ考えているだけだと、漠然としています。
ですが、人に伝わるように言葉にして話すことで、イメージが明確化するのです。

また、話すことによって自分への宣言にもなります。
自分はこういう風に言ったのだから、「それを実現させなければ!」という気持ちになるのです。
自分が宣言したことは、達成しないといけないような気になってしまう。
自己同一性を保持しようという力が働くのですね。

さらに、人に宣言したことも強制力となります。
人にああいったのだから、中途半端に終わらせるわけにはいかない、という気持ちが働くのです。

このように人に話すことで、いろいろな力が働き、実現に向けて動き出すのです。
愚痴を言いたくなったら、ぐっとこらえて未来のことについて話しましょう。
その方が楽しいし、意味のある話ができます。
未来について話す方が、話す方も聞く方も意味のある時間を過ごせるのです。

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人生について真剣に考えてみましょう


「生きる」を考える

「なぜ自分は生きているのか?」
そのように思うことはないでしょうか。

ただ生まれてきて、生まれてきたからなんとなく生きている。
そのような生き方をしていると、生きていることに意味を感じません。
そして、それは「なぜ生きているのか」という、言いようのない不安感に変わります。

こうした不安感を払拭するためには、「なぜ生きるのか」ということに対し、真剣に向き合う必要があります。
自分は何を望んでいるのか。
何を大切にしていきたいのか。
社会や他人からいいように思われたいだけなのではないか。

こうした様々なことに思いを巡らせることで、はじめて自分の人生に確信を持てます。
「自分はこう生きればいいのだ」という確信です。
本書が、そのきっかけとなれば幸いです。

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