b00k.jp ~積み上げ式読書ノート~
公開日:
最終更新日:2016/12/11

人生を生き辛くする「~であるべき、~すべき」にとらわれない方法

すべき

「~すべき」にとらわれると、生きていて楽しくない

「~すべき」という考え方にとらわれてしまうと、生きていて楽しくありません。
何かをするたびに、「~しなければならない」、「~であるべきだ」という考え方が頭に浮かびます。
常に何かに縛られながら生きていく事になります。

こうなってしまえば、自分の思うように生きることができなくなります。
「自分はこうしたいと思うけど、一般的には~するべきだから、控えよう…」
などと考えてしまい、のびのびと生きることができなくなります。
だから、生き辛く感じるのです。
生きていて楽しくないのです。

「~すべき」は自分の考えではない

「~すべき」という考え方は自分の本心ではありません。
自分の本心でないから、それに従って生きると楽しくないのです。

では、「~すべき」という考え方はいったいどこから来たものなのでしょうか。
「~すべき」という考え方は、他人からの刷り込みによってできたものなのです。

たとえば、「成長しないといけない」という考えは誰もが共通して持っていることだと思います。
では、その考えはどこから来たものでしょうか。
ある日突然、その考えに目覚めたのでしょうか。
多くの人は、親や教師などによって言われたことがきっかけではないでしょうか。

他人から言われたから、なんとなくそうだと思う。
それを繰り返すことによって、だんだんとそれが自分の考えだと錯覚するようになってしまう。
これが、「~すべき」という考え方の正体なのです。

つまり、私たちは知らず知らずのうちに、他人の考え方に自分を支配されてしまっているのです。
それが良いものであれ、悪いものであれ。
そうして気付かれないうちに縛られてしまい、自分の本心のままに生きることができなくなるのです。
行動の基準が、「自分がそうしたいか」ではなく、「他人がそうした方が良いと思うか」になってしまうのです。
こんな人生が楽しくないのは、当たり前です。

「~すべき」に従わなくていい理由

「~すべき」と言うのは、他人からの刷り込みです。
しかし、中には従った方が良いものもあるのではないか、と思われる方もいるかもしれません。
ですが、「~すべき」に従う必要はありません。

したくないことを強制される

「~すべき」という考え方は、私たちの時間を無駄にしてしまいます
「~すべき」という考え方は、私たちに「やりたくないこと」に時間を費やすことを強要します。

たとえば「勉強をすべき」という考え方。
もし、勉強をしたくないと思っていても、この考え方は私たちに勉強することを強制させます。
一見、これはいいことように見えます

しかし、やりたくないと思いながらする勉強に意味はあるのでしょうか。
そんな風に勉強しても、何も頭に入ってきません。
そんな時間に意味はありません。
時間の無駄です。

人生の残り時間は限られています。
その時間を無駄にすることはできません。
嫌なことをして時間を無駄にするくらいなら、自分の心に従って意味のある時間を過ごすべきです。

全ての人に当てはまるわけではない

「~すべき」という考え方は、全ての人に当てはまるわけではありません
それらの考え方は一般論に過ぎません。
そうした一般論が自分に当てはまるかどうかはわかりません。

人は一人一人性質も置かれた状況も違います。
そういった人たちすべてに対して当てはまる一般論など存在しません。
一人一人違った生き方があるはずです。

それにも関わらず、「~すべき」という考え方は、人の差異を無視し、ひとくくりにして扱おうとします。
つまり、「~すべき」という考え方が果たして自分に合っているのかどうかを自分自身で考えないといけないのです。
そうしないと、見当違いのアドバイスを指針に生きてしまい、生き辛い人生を送ることになります。

結局責任を取るのは自分

「~すべき」ということは、所詮他人が言っていることに過ぎません。
社会の風潮なんてなると、もはやどこの誰が言っているのかもわかりません。
そんな誰が言っているのかもわからない、無責任な意見に自分の人生を任せてしまっていいのでしょうか

それに、誰が言っているのかもわからない「~すべき」という考え方に従って生きても誰も責任を取ってくれません。
その生き方で失敗したとしても、その責任は自分で取らないといけないのです。

自分がしたくもないことを我慢してやって、その上失敗しても誰も責任を取ってくれない。
だとしたら、自分で考えて納得のいく選択をした方がいいのではないでしょうか。
どちらにせよ責任を取るのは自分です。
だったら、自分が信じた道を行く方が良いでしょう。

「~すべき」にとらわれない方法

「~すべき」という考え方にとらわれることはマイナス要素しかありません。
したくないことをしながら生きることになるので、楽しくありません。
自分には合っていないかもしれないのに、それに従って生きるから辛いです。
それだけ辛い思いをして、人生が上手くいかなかったとしても、その責任は自分が負わないといけません。

ですから、「~すべき」という考えにとらわれてはいけないのです。
では、どうすれば「~すべき」という考えにとらわれずに生きていく事ができるのでしょうか。

そのためには、今自分が従おうとしていることに対し、「なぜ」を問いかけるのが良いです。
もしそれを追求していって明確な理由がない場合、例えば「なんとなくした方が良いと思う」、「周りが白と言うから」と言うような曖昧な理由しかない場合。
それは、刷り込みである可能性が高いです。
自分は本当はそうしたと思っていないのに、周りから刷り込まれた結果、それを自分の答えだと錯覚しているのです。

自分が本当にしたいことは、明確な理由があるはずです。
それは「自分がそうしたい」という思いです。
ですから、今やろうとしていることが本当に自分がしたいことなのかどうかを考えましょう。

自分の考えなのか、他人からの刷り込みなのかがわかれば、「~すべき」という考えにとらわれることもなくなります。
耳を傾けるべきものとそうでないものがわかるからです。

今あなたがやろうとしていること、もしくは現在やっていること。
それは、本当にあなたがやりたいと思っていることでしょうか
もし、そこに明確な理由がないのだとしたら、あなたは自分の人生を生きているとは言い難いです。

他人に人生を支配されないためにも、本当に自分がそうしたいのかを考えるくせをつけていきましょう。
それが、生きやすい人生の第一歩となります。

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カテゴリー: 生き方
タグ   :

人生について真剣に考えてみましょう


「生きる」を考える

「なぜ自分は生きているのか?」
そのように思うことはないでしょうか。

ただ生まれてきて、生まれてきたからなんとなく生きている。
そのような生き方をしていると、生きていることに意味を感じません。
そして、それは「なぜ生きているのか」という、言いようのない不安感に変わります。

こうした不安感を払拭するためには、「なぜ生きるのか」ということに対し、真剣に向き合う必要があります。
自分は何を望んでいるのか。
何を大切にしていきたいのか。
社会や他人からいいように思われたいだけなのではないか。

こうした様々なことに思いを巡らせることで、はじめて自分の人生に確信を持てます。
「自分はこう生きればいいのだ」という確信です。
本書が、そのきっかけとなれば幸いです。

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