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京大「留年は破滅ではない」。自分を苦しめずに生きるための考え方。

京都大学が素晴らしいメッセージを発表していますね。
かいつまんで言えば、「留年はあなたの100%責任ではない」ということです。
「留年する人は常に一定数存在している以上、それはシステムの側にも問題がある。だから、自分一人のせいだと考えてしまわないようにしよう。」というのが大枠の内容です。

このメッセージは、学生だけでなく、全ての人にも共通するということで大きな反響を呼んでいます

それだけ、このメッセージが現代を生きる人々に刺さったということでしょう。
つまり、それだけ現代のに生きる人々が何かしらの問題を抱えているのです。
そして、その問題を自分だけの責任と捉えることに疑問を持っているのです。

全てが全て自己責任と言う考え方は間違っています。
親も選べないし、生まれてくる時代だって選べない。
自分だけの努力ではどうにもならない事なんてたくさんあります。
それにも関わらず、それを本人の責任にしてしまうから、生き辛さや窮屈さが生まれます。

これらの生き辛さを解消するためには、全てが自己責任という考え方をやめるしかありません。
それが人に向けば、窮屈で温かみの欠ける社会を作ってしまいます。
それが自分に向けば、問題を一人で抱え込んでしまい、自ら破滅に向かっていきます。

では、このような間違った考え方から脱却するにはどうすればいいのか。
それを見ていきます。

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「こうあるべき」に騙されない。自分のやりたいように生きればいい。

生き辛さの源泉は「こうあるべき」という考え方です。

勉強しなければならない
一生懸命働かないといけない
飲み会では楽しそうにしないといけない
休日はアクティブでなければならない

そして、そうしたあるべき姿と自分の現状に差があるから、自分を批判するのです。
「あるべき姿でない自分は、ダメなやつだ。頑張りが足りないんだ。」といった具合に。

しかし、ほんとうにそうでしょうか。
ここで挙げたような「あるべき姿」とは本当に正しいのでしょうか。
本当に勉強をする必要があるでしょうか。
やりたくないと思いながら、苦痛を感じ勉強する必要はあるのでしょうか。
その時間に意味はあるのでしょうか。
そんな時間を積み重ねる人生に意味はあるのでしょうか。

「こうあるべき」という考え方は、大体は刷り込みによるものです。
親だったり、教師だったり、社会だったり…
そういったものに刷り込まれたものに過ぎないのです。

では、それに従う必要があるのでしょうか。
結論から言えば、ありません。
なぜなら、
・間違っている可能性がある
・自分の考えでない
からです。

「こうあるべき」に従うというのは、親や社会がいうことを正しいと盲信することと同じです。
本当にそれでいいのかと考えることなく、それに従います。
理由を突き詰めて考えれば「やれと言われたからやる」といった脆弱な根拠に行き着くはずです。
そんなものに自分の人生を預けてしまっていいのでしょうか。

また、「こうあるべき」というのは、自分の考えではありません。
他人が言っていることに過ぎません。
それに従って生きるというのは、非常に悲しいことです。
それはいったい誰の人生なのでしょうか。
他人のいうことに従って終わるだけの人生で本当に満足でしょうか。

「こうあるべき」に従った生き方は、常に後悔が残ります。
本当はそうしたくないと自分の心が思っているのに、それを押さえつけているのです。
自分が本当にしたい生き方を諦めながら、不本意な生き方を続けるのです。
それで満足いく最期が迎えられるでしょうか。

「こうあるべき」という考え方は、私たちに何ももたらしてはくれません。
であれば、そんなものに嫌々従う必要はないでしょう。
結局は自分のやりたいようにやった方が、満足いく結果を得られるものです。

自分を受け入れる

自分を受け入れられないというのも、生き辛さの理由の一つです。
自分を受け入れられないと、ことあるごとに自分で自分を批判してしまいます。
字が汚い、頭が悪い、顔が良くない、収入が低い…

このように書くと、別に大した問題ではないと思うかもしれません。
しかし、これが他人から言われていると考えたらどうでしょうか。
1日中、自分の気にしている点を、これでもかというほどに叩かれるのです。
そんなことをされたらすぐに気が滅入ってしまいますよね。

自分で自分のことを批判するのも結局同じことです。
常に自分で「自分はだめな奴だ…」と暗示をかけているのです。
これでは生き辛いに決まってますね。

この生き辛さから脱却するには、自分を受け入れるのが一番です。
例えば、試験の直前になっても勉強するのがめんどくさいとしましょう。
もうそれは仕方のないことなのです。
自分は試験が直前に迫っても、勉強することができない人間なのです。
それは、良い悪いではなく、単純な事実なのです。

自分はそういう人間なのだと受け入れれば、「勉強しない自分はダメなヤツだ」などと思わなくても済みます。
自分を買いかぶりすぎてはいけません。
自分という人間のハードルを高く置きすぎてしまうと、その差に落胆してしまいます。
そしてその差を埋めようとして、頑張りすぎてしまいます。

理想の自分ではなく、現実に生きている自分をしっかりと見ましょう。
そうすれば、自分は何ができて、何ができないのかがわかります。
そうすれば、無理な理想を追い求めて無駄に疲弊することもなくなります。

ペンギンがどんなに頑張っても飛べないのと同じで、あなたにはどうやってもできないことがあるのです。
ですから、無理にそれをやろうとしてもしょうがないのです。
だったら、ペンギンが泳ぐことに集中するように、あなたも自分のできることに集中するべきなのです。

あなたよりダメな奴は掃いて捨てるほどいる

自分はダメだと考えてしまう人は、自分よりもダメな人間が腐るほどいることを理解しましょう。
時間を守れないとか、最低限の仕事さえできないとか。
そんなことさえもできない人間はたくさんいます。

それに比べたら、あなたが気にしている自分の欠点なんて大したものではありません
少し仕事でミスしたって、少し不愛想だとしても、それが何だというのでしょうか。
もっとダメな人間に比べたら、そんなものは欠点でも何でもありません。
大した迷惑だってかけていません。
気に病む必要などないのです。

私は仕事柄よく下請けの人間を使っています。
全ての人がそうではないですが、かなりの確率でそういった人は、仕事ができません。
きちんとした日本語が使えないとか、誤字脱字が多すぎるとか。
そういった仕事をする上での最低限のことができていないのです。

自分よりも何十年も長く仕事をしてきたにも関わらず、そういった人たちは秀でた点が一つもないのです。
しかし、そんな人間でも普通に職に就き、給料をもらい、家族を持って生活しているのです。
あなたよりも圧倒的に劣った人間がです。

だから、大丈夫なのです。
少しくらい欠点があったからと言って、深刻になる必要はどこにもないのです。
深刻なくらい仕事ができない人間がのうのうと生きているのです。
なのに、どうしてあなたが苦しむ必要があるのでしょうか。

個人の心がけが住みやすい社会を作る

なぜ今の日本は生き辛いのか。
それは、個々人の考え方のせいです。
一人一人が自分に儲けるハードルが高すぎる。
そのせいで自分で自分を苦しめているのです。
失敗してはいけない、レールから外れてはいけない…
そういったマイナスを許容しない考え方によって、自分をどんどん追い詰めていっているのです。

そうした個々人の考え方が社会の考え方を作っています。
留年するのも、就職できないのも、精神を病むのも、全て個人のせいだ。
そのような風潮をつくり出すのです。

自分自身が上手くいっているときはいいかもしれません。
しかし、ひとたび失敗すれば、その社会の風潮は自分に牙をむくのです。

失敗を非難するのをやめましょう。
自分で自分を許容しましょう。
そうやって一人一人が様々なことに対して寛容になることで、やがてその考えが社会にも浸透していきます。
そうすることで、だんだんと生きやすい社会がつくられていくのです。

すぐにはそうはならないかもしれません。
しかし、一人一人が考えを改めない事には、何も始まりません。

まずは自分を受け入れましょう。
そうすることで、世の中のいろいろなことも許容できるようになります。
そうすることが生きやすい社会を作りだし、結局は自分が楽しい人生を送れるようになるのです。

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カテゴリー: 生き方
タグ   :

あなたはなぜ生きるのか?


「生きる」を考える

「なぜ自分は生きているのか?」
そのように思うことはないでしょうか。

ただ生まれてきて、生まれてきたからなんとなく生きている。
そのような生き方をしていると、生きていることに意味を感じません。
そして、それは「なぜ生きているのか」という、言いようのない不安感に変わります。

こうした不安感を払拭するためには、「なぜ生きるのか」ということに対し、真剣に向き合う必要があります。
自分は何を望んでいるのか。
何を大切にしていきたいのか。
社会や他人からいいように思われたいだけなのではないか。

こうした様々なことに思いを巡らせることで、はじめて自分の人生に確信を持てます。
「自分はこう生きればいいのだ」という確信です。
本書が、そのきっかけとなれば幸いです。



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