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「残業100時間で過労死は情けない」この考えが人の命を奪っていることに気付こう。

武蔵野大学の教授がインターネットニュースサイトに不適切な投稿をしたとして、問題になっています。
今回は、この件についてみてみましょう。

「残業100時間で過労死は情けない」 教授の処分検討

残業、過労死

経緯

武蔵野大学のグローバルビジネス学科の長谷川秀夫教授がインターネットのニュースサイトに不適切な投稿。
これは、先日の電通新入社員の過労自殺に関するもので、
「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」
「自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」
などといった、配慮の欠ける、非常識な内容であった。

月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない。
会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない。
自分で起業した人は、それこそ寝袋を会社に持ち込んで、仕事に打ち込んだ時期があるはず。更にプロ意識があれば、上司を説得してでも良い成果を出せるように人的資源を獲得すべく最大の努力をすべき。
それでも駄目なら、その会社が組織として機能していないので、転職を考えるべき。また、転職できるプロであるべき長期的に自分への投資を続けるべき。
引用:長谷川秀夫教授「残業100時間超で自殺は情けない」 投稿が炎上、のち謝罪

残業を強要するのは、人の命を奪うのと同じこと

今回の事件で、異常だと感じるのは、一定数この教授の発言に共感を示す人間がいることです。
つまり、「100時間残業くらいは甘い」と認識している人間が一定数以上、この日本社会に存在するのです。

別に、その人が残業100時間を少ないと思うのは勝手だとは思います。
しかし、それを人に押し付けるのは間違っています。
原則として残業は1ヶ月45時間までと、労働基準法36条で決まっています。
また、80時間を超過すると過労死ラインといって、健康に障害をきたす可能性が急激に高まります。

個人的に残業時間の長さをどう思うが勝手ですが、100時間の残業というのは客観的に見て異常です。
そして、それが何ヶ月も続いていた。
それによって、命に支障をきたしもおかしくないのです。

「会社が大変だ」とか「そんな甘いことを言ってられない」という意見もあるかも知れません。
しかし、そういった自分の考えを周りに押し付けることで、人の命が奪われているのです。
そういう人たちは、自分の命を捨ててまで、会社に貢献しろというのでしょうか。

残業を容認するのは、はっきり言って人の命を奪うのと同じことです。
それによって、命を落としている人間が数え切れないほどいるのです。
残業をよしとすることは、人の命を奪うことをよしとするのと同じことです。
早くこの異常性に気付くべきではないでしょうか。

「甘い」という人間は、どうして自分が同じ立場になるかもしれないということが考えられないのでしょうか。
このような風潮を続ける限り、いつかは自分の番が巡ってきます。
そんなことは考えなくてもわかることでしょう。

また、「死ぬくらいなら辞めればよかった」という人もいます。
これは、たしかにそのとおりなのですが、実際には辞めることなく命を絶ってしまいました。
重要なのは、「辞めればよかった」と後から言うのではなく、「なぜ辞めることができなかったのか」を考えることではないでしょうか。

辞めることができなかった原因は、さまざまかと思います。
今までの人生経験、本人の精神状態、職場の環境、社会のあり方・・・
そういったものを一つ一つ見ていって、もっと自ら命を絶つような人が出ない、健全な社会を作っていく必要があります

そのためには、まず私たち一人一人が、そもそもの考え方を見直すことが必要です。

残業をしてでも会社に貢献すること
自分の生活を犠牲にしてまでも、働くこと
それよって命を落としたとしても、それは自己責任

このような無責任な考え方で人が命を落としているのです。
私たちが当たり前と考えていることは、当たり前ではないのです。
自分の考えは本当に正しいのか、今一度よく考えてみる必要があるでしょう。

参考:過労死ラインは80時間

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カテゴリー: 社会問題
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人生について真剣に考えてみましょう


「生きる」を考える

「なぜ自分は生きているのか?」
そのように思うことはないでしょうか。

ただ生まれてきて、生まれてきたからなんとなく生きている。
そのような生き方をしていると、生きていることに意味を感じません。
そして、それは「なぜ生きているのか」という、言いようのない不安感に変わります。

こうした不安感を払拭するためには、「なぜ生きるのか」ということに対し、真剣に向き合う必要があります。
自分は何を望んでいるのか。
何を大切にしていきたいのか。
社会や他人からいいように思われたいだけなのではないか。

こうした様々なことに思いを巡らせることで、はじめて自分の人生に確信を持てます。
「自分はこう生きればいいのだ」という確信です。
本書が、そのきっかけとなれば幸いです。

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