b00k.jp ~積み上げ式読書ノート~
公開日:
最終更新日:2017/01/21

あなたが生き辛いのは不安のせい。不安との正しい付き合い方。

生きているのが辛い、しんどい、楽しくない。
そう感じることはないでしょうか。
その原因は色々あると思いますが、大きなものとして「不安」が挙げられます。

不安にとらわれている時間は楽しくないです。
だんだん暗い気持ちになってきます。

また、不安は私たちから楽しい時間を奪います。
本当は自由に過ごせる時間なのに、不安にとらわれて何もする気がしない、というのはみなさんも経験があるのではないでしょうか。

不安というのは、付き合うのが難しい感情です。
そもそも、不安というのは生き延びるための感情です。
先のことに対する危機を察知することで、それに対処し生存確率を高めるのです。

一方で、それにとらわれすぎてしまうとどんどん疲弊していきます。
先の危険に備えるというのは、常に神経を尖らせることです。
心が休まる暇がなければ、すぐに疲れてしまいます。

不安というのは、決して不要な感情ではないが、上手く付き合わないと自分を傷つける。
そんな付き合い方の難しい感情なのです。

では、一体どうやって不安と向き合えば、生き辛さから解放されるのでしょうか。
それをこれから見ていきましょう。

不安

不安を生み出さない

不安というのは、現代ではそれほど重要ではありません
というのも、現代では死に直結するほどの危険というのは、ほとんどないからです。

もし日常生活の中で、サーベルタイガーに出くわしたり、サメに食べられてしまう危険性があるのだとしたら、不安は生存に不可欠な感情となります。
それらの危機を常に意識することで、とっさの時に対応ができるのです。

しかし、現代ではそのような状況は、まずありません。
ですから、現代においては不安というのは減らした方が良いのです。

では、不安をなくすためには、どうすればいいのか。
それは、「不安は尽きないもの」だと認識することです。
不安はいくらでも挙げることができます。

将来は大丈夫だろうか
年金はもらえるだろうか
会社は倒産しないだろうか
明日雨が降らないだろうか
電車はちゃんと来るだろうか
家の鍵はちゃんと閉めただろうか
ガスの栓は閉じただろうか

考え出したらきりがありません。
ですから、考えても無駄なのです。
不安をひとつずつ挙げていって、それを潰していこう、なんてことをしていたらそれだけで人生が終わってしまいます。
目の前の不安をつぶしたところで、すぐに新しい不安が出てきます。
ですから、突き詰めて言えば、不安は私たちにはどうすることもできないものなのです。
だったら、最初から気にしない方が良いのです。

また、私たちが不安に感じるものは、私たちが認識できるものだけに限ります。
たとえば、仕事をクビなるかもとか、納期に間に合わないかもといった、想像可能な不安には敏感です。
しかし、明日大地震が来るかもとか、交通事故で命を失うかもといった不安には無頓着です。
どちらも十分起こりうる可能性があったとしてもです。

どうして、前者は気にして、後者は気にしないのでしょか。
しかも、前者は別に命の危険はないですが、後者の方は死んでしまう危険性もあります。
そっちの方を心配するべきなのではないでしょうか。

私たちの不安というのは、案外いい加減なものです。
重要なものには鈍感で、そうでないものには過敏に反応します。
そして、そうした重要でないもの敏感に反応するせいで、人生の楽しい時間を奪われているのです。
だとしたら、中途半端に不安にとらわれるのではなく、いっそのこと全て無視した方が良いのではないのでしょうか。
いちいち気にしていたら、不安だけで人生が終わってしまいます。

考えたところでどうにもならない

私たちは、考えてもどうにもならないことを不安に思います。
たとえば、自分がクビになりそうな状況だとして、それを考えてどうにかなるでしょうか。
会社の業績の問題だったらどうにもならないし、勤務態度の問題だったとしても、自分がリストラ候補に挙がっている以上、今更どうしようもありません。
考えてもどうにもならないのです。

よくよく考えてみると、考えてどうにかなる不安というのは、あまりありません
何かに挑戦してみて、それが成功するかどうかを考えて、何になるのでしょうか。
それが上手くいくかどうかは、それまでにどれだけ準備したかで決まります。
直前になって、それについて考えたところで、どうにもなりません。
なるようにしかならないのです。

もしかしたら不安を感じている時点で準備が足りていないのかもしれません。
だとしたら、どちらにせよ上手くはいかないので、考えるのはやめた方が良いです。
本当は不安を感じてから慌てるのではなく、不安にならないように日ごろから準備をしておくべきなのです。

上手くいくにしろ、失敗するにしろ、不安に思っていることには何のメリットもないのです。
だったらそんなことを考えないで、今に全力で集中するべきです。
先のことは、その時になってから考えればいいのではないでしょうか。

どうせ行動に起こさないなら、考えるな

何かが気にかかって不安になるのなら、それをさっさと済ませるべきです。
発表で失敗してしまうことを不安に思うのなら、リハーサルをすればいいのです。
試合で負けることが不安なら、練習をすればいいのです。
テストを直前に控えていて不安なら、勉強をすればいいのです。

そうはわかっていても、めんどくさくて腰が上がらない。
だったら、もう考えない方が良いです。
その不安を解消するには、行動するしかないのです。
しかし、それがめんどくさいならば、もはや解決の手段はありません。
だとしたら、解決を諦めて、別のことに時間を使った方が良いでしょう。

意外と、このようにうだうだと無駄な時間を過ごすことがあるものです。
本当に解決したい問題なら、そもそもめんどくさいなんて感情は湧いてきません。
めんどくさいと思う時点で、それは「別にどっちでもいいけど、やったほうがいいような気がする…」というレベルのものなのです。

ですから、「気にはなるけど、わざわざ頑張ってまで解消したくない不安」というのは無視してしまいましょう。
別にそれを無視したところで、私たちの人生に大した影響はありません。
そんなものに時間を奪われる方がよっぽど大変なことです。

迷惑をかけることを恐れない

不安のよくあるパターンとして、「他人に迷惑をかけてしまうのでは…」というものがあります。
人間が社会的動物である以上、この不安もなかなか厄介なものです。
では、この不安とはどのように付き合っていけばいいのでしょうか。

それは、他人に迷惑をかけることは悪いことではないと理解することです。
しかし、言うのは簡単ですが、実践するのは難しいです。
なぜなら、私たちは小さいころから「人様に迷惑をかけてはいけない」と刷り込まれてきました。

ですが、よく考えてみてください。
人に迷惑をかけずに生きている人間など存在するのでしょうか。
さっき食べた食事も、今住んでいる家も、自分で用意したわけではありません。
生きている以上、常に誰かの手を煩わしているのです。

私たちは生きている以上、常に誰かに迷惑をかけているのです。
ただ、それを意識しているかどうかの違いに過ぎません。
今更あなたが誰かに頼みごとをしたところで、今までかけてきた迷惑の量に比べたら、大して変わらないのです。

自分が認識できるものに対しては、罪悪感を覚える。
しかし、認識できないものに対しては、それが意識に昇ることすらないのです。
だとしたら、今更迷惑をかけることに罪悪感を覚えて何になるのでしょうか。

ですから、人に迷惑をかけることを過度に恐れてはいけません。
そんなことを気に掛けるくらいなら、他人の迷惑を許すよう努めた方が良いです。
生きている以上、迷惑というのは意図せずに発生するのです。
これは、避けようのないことです。
だったら、それを排除しようと考えるのではなく、受け入れる方が自然ではないでしょうか

人に迷惑をかけないように常に気を張り、他人の迷惑にいちいち目くじらを立てる人生。
迷惑をかけるのを気にしないが、他人の迷惑も広い心で許容する人生。
どちらの方が、楽しい人生になるでしょうか。

「だいたいのことは上手くいく」ということを再確認する

私たちは、新しいことをはじめたり、新しい環境に身を置くとき不安になります。
上手くいくだろうか、失敗しないだろうかと考えてしまうのです。

しかし、思い出してみても下さい。
今までの人生を振り返ってみると、大体のことは上手くいったのではないでしょうか。

年が変われば新しい環境に行き、そこでのルールや作法を覚えていって、なじんでいったはずです。
ですから、これからも大変ではあるでしょうが、別に問題にはならないでしょう。
新しいことに挑戦するのも同じことです。
新しい仕事をする時など、その時は無理に思えても、終わってみたら案外大したことなかった、ということも多いです。

そう考えると、自分は大概のことは乗り越えることができることがわかります。
だから、目の前の問題に対しても別に身構える必要はないのです。
普通にやれば、普通に乗り越えられる。
だから、今の自分がいるのです。
不安を覚えずに悠々と構えておきましょう。

自分が無いから不安になる

「自分」という軸が定まっていないことも、不安を呼び起こす原因となります。
自分が定まっていないと、不確実な現実に対し、流されるままに生きることになります

本当はやりたくないけど、仕方ないからやる
不安だから、気乗りしないけどやっておく
他人がやれというからやる

このような生き方をしていると、常に現実に振り回されることになります。
そうすることで、現実は自分にはどうしようもできないものと思い込んでしまいます。
どうしようもできないから、現実や未来が怖くなるのです。

たしかに、現実を変えることはできません。
しかし、現実に対しどう行動するかは、自分次第でどうとでもできます

やりたくないから、やらない
不安だけど、面倒だからやらない
他人がやれというけど、必要性を感じないからやらない

「自分はこうである」という軸が定まっていれば、不確実な現実の中にも確実性を持つことができます
「何が起きたとしても、自分はこのように生きる。だから、この先何が起こっても怖くない。」
そういうロジックです。

この生き方は、一見大変なように見えます。
周りとぶつかりながら、自分を通すために絶えず闘い続ける。
たしかに、ちょっとしんどいかもしれません。

しかし、よく考えてみてください。
自分の意思を持たず、その場その場で流されるままに生きる人生は虚しくないでしょうか。
そんな人生で後悔しないでしょうか。
そうならないためにも、地に足つけて踏ん張って生きていく必要があるのです。

不安に溺れるのは、暴飲暴食と同じくらい不健康

不安というのは、生き延びるための感情です。
過酷な自然環境で生きていくためには、常にちょっとしたことにも警戒し、危機感を持っていないといけません。
不安という感情があることで、人間は危険を回避してきました。

つまり、不安というのは原始的な感情なのです。
食欲や性欲、睡眠欲などと同じようなものです。
ただ生き延びるためだけに備わっている、低次の感情なのです。

このような低次の感情は、私たちの身を守ってくれますが、一方で苦しめもします
たとえば、食欲は生命維持に必要な感情です。
体内のエネルギーが少なくなってくると、空腹でそのサインを出してくれます。
しかし、食欲に任せて食べていると、必要量以上を摂取してしまいます。
その結果、肥満や心筋梗塞、糖尿病などの、生きていくのに支障をきたすような疾患を持つことになります。
このように、低次の感情に身を任すと、自分の身を滅ぼしてしまうのです。

不安もそれと同じです。
それに身を任せすぎてしまうと、楽しい時間をすごせなくなり、何に対してもやる気がなくなってしまいます。
人生に支障をきたしてしまうのです。

ですから、不安に飲み込まれてしまわないように、常に気をつけておく必要があります。
これは、欲望や快楽といった低次の欲求に溺れないように、自分を律するのと同じくらい重要なことなのです。
今、自分が不安にとらわれているのであれば、それは暴飲暴食をしているのと同じくらい不健全なことなのだと理解しましょう。

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カテゴリー: 感情コントロール
タグ   :

人生について真剣に考えてみましょう


「生きる」を考える

「なぜ自分は生きているのか?」
そのように思うことはないでしょうか。

ただ生まれてきて、生まれてきたからなんとなく生きている。
そのような生き方をしていると、生きていることに意味を感じません。
そして、それは「なぜ生きているのか」という、言いようのない不安感に変わります。

こうした不安感を払拭するためには、「なぜ生きるのか」ということに対し、真剣に向き合う必要があります。
自分は何を望んでいるのか。
何を大切にしていきたいのか。
社会や他人からいいように思われたいだけなのではないか。

こうした様々なことに思いを巡らせることで、はじめて自分の人生に確信を持てます。
「自分はこう生きればいいのだ」という確信です。
本書が、そのきっかけとなれば幸いです。

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