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公開日:
最終更新日:2017/05/24

電通新入社員の過労自殺から考える日本社会の異常性

過労自殺

無責任な社会が未来ある若者の命を奪った

「死んでしまいたい」過労自殺した電通の新入社員 悲痛な叫び
いたましい事件が起こってしまいました。。
未来ある人間が社会の無責任さによって潰されてしまいました。

今回の事件は、劣悪な労働環境が原因とされています。
長時間残業、休日出勤、指導という名の罵倒…
誰が見ても異常な環境だとわかります。

しかし、今回の事件の根本原因は劣悪な労働環境ではないと思います。
今回の事件の引き金となったのは、「この過酷な環境から逃れることができない」という絶望です。
このような絶望を抱いてしまったから、生きてくことに希望が持てなかったのではないでしょうか。
だから、自ら命を絶つという結果になってしまった。

では、なぜこのような絶望を抱いてしまったのでしょうか。
それは、社会の無責任な刷り込みが原因でしょう。

普通に考えて、自殺するくらいならその会社を辞めたほうがいいに決まっています。
会社員の立場と自分の命。
そんなものは比べるまでもありません。

ですが、社会からの刷り込みによって、会社を辞めることができないのです。
それは、「一回レールから外れたら、次はない」という刷り込みです。
「新卒で入社した会社を辞めてしまったら、次はない。」
「新卒で入社した会社が一番いい会社。そこでやっていけないのは根性なしだ。」
そういった無責任な刷り込みです。

この刷り込みによって、過酷な環境にいる人間は、次のように考えてしまいます。
「新卒で入社した会社を辞めてしまっては、次がない」
「次がないということは、生活できないということ」
「だから、辞めることはできない」
このようなロジックでどんどん自分の逃げ場をなくしていきます。

「働かないと生きていけない」
「しかし、働くのは辛すぎる」
「生きるために働いているのか、働くために生きているのかわからない」
「こんな人生が続くなら、もういっそ消えてしまいたい」
辛さは絶望に変わり、生きる気力を奪います。

社会の無責任な風潮によって人は逃げ場を失います。
逃げ場を失えば、自分にかかる重圧から逃れることはできません。
そうなれば、人は簡単に潰れてしまうのです。

社会の在り方と個々人の考え方を改める必要がある

異常な労働環境を根絶することは、当然目指すべきことです。
しかし、実際問題それを実現するのは難しい。
だから、いつ自分も異常な労働環境に身を置くことになるかはわかりません。

そうなった時のために、私たちは考え方を改めなくてはいけません。
「辛い環境からは逃げてもいいし、それは別に恥ずべきことではない。」
「根性があるとかそういう問題ではない。生きるための当然の行動に過ぎない。」
無責任な社会の風潮に飲まれず、自分の考えをしっかり持つことが重要です。

そして、実際にそれが可能な社会を目指すべきです。
今はたしかにレールから外れた人間が復帰するのは難しい社会です。
それは、レールから外れない生き方がスタンダードであるという前提に立っているからです。
ですから、この前提を変える必要があります。
そうしなければ、「辞めたはいいけど、ほんとに生きていく手段がなくなってしまった…」ということになりかねません。
それでは、結局逃げ場がないのと同じことです。

社会の在り方と個々人の考え方。
これら二つの異常性をなくさない限り、同様の事件は繰り返され続けるでしょう。

この社会を生き抜くための考え方

こういった悲劇をなくすには、社会と個々人のあり方を変えていく必要があります。
しかし、現実的に社会の在り方を変えるのは難しいです。
戦後から今まで半世紀近くもこのシステムでやってきたのです。
いきなり変えることはできませんし、変えたところで新たな問題が噴出するだけでしょう。
ですから、社会の在り方を変えるのはむずかしいです。
まずは、あなたの考え方を変える必要があります。
では、日本社会につぶされないために、具体的にどうすればいいのか。
その考え方を見ていきましょう。

誰もあなたを守ってはくれない

まず、意識したいのが、誰もあなたを守ってはくれないということです。
それは国や会社も同じです。
国や会社は、別にあなたのお母さんではありません。
あなたを守り、面倒を見る義務はないのです。
まずは、そのことを理解しましょう。

社会や国に文句を言う、というのも実は甘えの裏返しに過ぎません。
文句が出るのは、期待をしているということでもあります。
「国や社会は自分を守るべき」という期待です。
しかし、その期待が裏切られてしまった。
だから、文句を言いたくなってしまうのです。

「守ってもらえる」というのは、完全に甘えた思考です。
自分の境遇を誰かが助けてくれることを夢見ているのです。
しかし、国や会社にそんなことをするメリットはあるでしょうか。
あなたを助けても一銭の得にもなりません。
あなただって、何のメリットもないのに人を助けたりはしないですよね。
見て見ぬふりをするはずです。
それと全く同じことなのです。
これは、非情でも冷酷でもありません。
社会というのはそういうものなのです。

自分を守るのは自分だけです。
そして、自分の人生は自分の責任で生きなければいけません。
そのことに気付ければ、自分で考えて行動しなければいけないということを理解できます。
そうすれば、異常な環境に身を置き続けることはなくなるでしょう。

一つの場所にしがみつかなくていいように力を付ける

この手の問題の原因は、その場所にとどまらないと生きていけないということです。
その職場に依存しないと生活の糧を得ることができない。
だから、不本意ではあるが、その場所にとどまる。
そうしているうちに、自分の人生に意味を感じなくなってしまう。
そして、命を絶ってしまうのです。

しかし、もしその場所から抜け出すという選択肢があったらどうでしょうか。
そうなれば、いたくもない環境に必死でしがみつくこともなくなります。
惨めな人生を生きなくて済むのです。

その場所から抜け出すという選択肢。
その選択肢を得るためには、力をつけないといけません。
どこに行ってもやっていけるような力。
それがあれば、一つの場所にしがみつく必要はなくなります。
気に入らなければ出ていく、ということができるのです。
そうした選択肢があれば、人生に絶望することもなくなりますよね。

ですから力をつけましょう。
力はすぐに身につくものではありません。
長い時間をかけて身に着けていくものです。
ですから、今この瞬間から鍛錬することが大事です。
抜け出したいと思った時では遅いのです。
自らの身を守るために、今から力をつけていきましょう。

人生は意外とどうにでもなる

ここまでいろいろと厳しいことを言ってきました。
しかし、一番大事なのは社会につぶされないことです。
つぶれてしまうくらいだったら、競争から降りたほうがいいです。
競争から降りて、思いっきり休むのもいいでしょう。
頑張ることは大事ですが、それで命を絶ってしまっては元も子もありません。
だって生きるために頑張っているのですから。

競争から降りてしまえば、生きていくのは難しい。
そのように思われる方もいるかもしれません。
しかし、そんなことはありません。
人生は意外とどうにでもなるものです。

たとえば、今は労働人口がどんどん減っています。
人材難のところが多く、有効求人倍率も高くなっています。
いわゆる売り手市場なのですね。
それに労働人口の減少は加速することはあっても、鈍化することはないので、ますます求人数は増えていくでしょう。
このような流れがあるので、転職や再就職のハードルはかなり低くなっています。
特に若い人だったら働く先には困らないでしょう。

また、勤めなくても稼ぐ手段はあります。
ネットビジネスだったり、今流行のクラウドワークだったり。
そういった就職しないで稼ぐ手段というのは、今後どんどん増えていくでしょう。
個人に能力さえあれば稼ぐことは十分に可能なのです。

それに、最悪バイトでも生きていくことは可能です。
バイトだったら誰にでもできますし。
もっと稼ぎたくなったら、頑張って上のレベルの職場に行けばいいだけです。
結局は自分の気持ち次第ということです。

あまり人生に悲観しすぎないことが大事です。
悲観しようがしまいが、結局は同じです。
だったら、気楽に生きた方がうまくいくと思いませんか?

関連記事 – 1991年 電通の過労自殺事件

電通では過去にも同じようなことが起こっています。
日本はこのころから何も進歩していないのかもしれません。
社会の在り方を変えるというのは、やはり難しいことなのです。
まずは、自分から変えていきましょう。
そうした人が増えれば社会もきっと変わっていきます。
【事例紹介】1991年 電通の過労自殺事件を紹介します。

 

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カテゴリー: 社会問題
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