b00k.jp ~積み上げ式読書ノート~
公開日:
最終更新日:2016/09/28

なぜ人生に意味を感じないのか?それは目的を自分の頭で考えていないから。

人生の意味

「なんとなく日々の生活に充実感がない…」
「毎日に意味を感じない…」
このような悩みを抱える方は多いかと思います。
毎日毎日、同じような毎日を繰り返していくと、そのような感覚を覚えます。
特に現代は閉塞感も強く、先行きにも希望が持てません。
そのせいもあって、「人生に意味を感じられない」という感覚は広がっているのではないかと感じます。

では、いったいなぜ意味を感じられないのでしょうか?
それは、自らの頭で目的を考えていないからです。

なぜそれをするのか?

社会は、私たちに目指すべき姿を提示してきます。
例えば、いい学校に行くこと、会社に入ってそこで一生懸命働くこと、マイホームを持つこと…
そして、私たちはその提示されたあるべき姿になろうと必死で頑張ります。

別にこれ自体は問題ではありません。
問題なのは、なぜそれを目指すのかを各々が説明できないことです。
「親に言われたから」
「世間体的に」
「みんながそうそうしているから」
このような、外的な理由でそうしているということが多いのではないでしょうか?
自分で考えて、「こうしたい!」という内的な理由で動いているでしょうか?

日々に意味を感じないのは、まさにこれが原因です。
頑張っていい学校に入る
頑張っていい会社に入る
頑張ってマイホームを持つ
では、それはいったい何のためなのか?
いったい何のために頑張っているのか?
ほかに手段はないのか?

そういったことを考えていない。
だから、日々の生活に意味を感じない。
どこか虚しさを覚えるのです。

目的がないから意味を感じない

自分で考えた目的を持っていないことが、人生に意味を感じない理由です。
しかし、たちの悪いことに、この目的というのはなくても何とかなってしまうのです。

目的がなくても、会社に入って、そこで給料をもらいながら生活することは可能です。
目的がなくても、別に生きていくうえではそこまで困らないのです。
だから、積極的に考えようとはしないのです。
自分という生き物を生きながらえさせるためには、目的は必要ありません。
食べるものと住む場所さえあれば、ただ生きることは可能です。

しかし、このような生活を続けていると、日々に意味を感じられません。
ただ生きているだけだからです。
だから虚しさを感じるのです。

その虚しさに対して、私たちは対応する術がありません。
なぜなら、提示されてきた姿に向かって努力することを求められてきたからです。
つまり、目的が与えられる状態になれてしまっているのです。
だから、自ら目的をつくりだすことができない
だから、どうしていいかわからず、ただただ空回りするだけです。

手段が目的になってしまっている

この与えられた目的というのも、よく考えればおかしなものです。
例えば、いい学校に入ること。
例えば、いい会社に入って、勤め続けること。
これは目的でしょうか?

目的はもっと先にあるはずです。
よりよい人生を生きるために、いい学校に入っていい教育を受ける。
望む人生を歩むために、その会社に入る。
つまり、これらは手段に過ぎないのです。

本当ならば、もっと大きな目的があるはず。
しかし、それを考えずに手段ばかりを追い求める。
だから、何が目的で、何が手段なのかがわからなくなるのです。
そして、いざそれを手に入れたとしても、「何のために」が無いから、どうしていいのかがわからなくなるのです。

目的がない人生は虚しい

後進に何かを語るときに、「自分が何を目指して、そのためにどう頑張ったか」を示せないのは、情けないことです。
一体何のために生きてきたのか。
何を達成するために自らを捧げたのか。
そういった語るものがない人生はほんとうに虚しいものです。

目的がない人生というのは、まさにそのようなものです。
目的なくなんとなく生きてては、何も語ることはできません。

それでもかまわない、というのであれば目的は必要ないでしょう。
流されるままに生きていけばいいのだと思います。

しかし、そうはなりたくない、とすこしでも思うのであれば、目的を持つべきです。
自分の頭で考えた、心からの目的。
それが必要です。

目的を持つための方法

では、一体どうしたら目的を持つことができるでしょうか。
結論から言えば、必死で考えることです。

しかし、そうはいっても何かとっかかりがないと、なかなかどうしていいかわからないものです。
ですから、まずは考えることを習慣にしましょう
別にそれは人生のことでなくてもいいのです。
日々のニュースでも、日常の些細なことでも何でもいいです。
それらの物事に対し、自分はどう感じたのか、そしてそれはなぜなのか?
こういったことを考えていきます。

そうすることによって、自分がどういう人間なのかということが見えてきます。
何が好きで、何が嫌いなのか。
何を望んでいるのか、何を避けたいのか。
どんな人と一緒にいたいのか、いたくないのか。
そういった、自分という人間を一つずつ理解することができるのです。
その小さな積み重ねによって、だんだんと自分なりの目的がおぼろげながら見えてくるものです。

ですから、まずは考えることを習慣にしましょう。
自分と向き合う時間を意識的に作っていくのです。
そうすればきっと、虚しい人生から解放されるでしょう。

自分のアタマで考えよう

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人生について真剣に考えてみましょう


「生きる」を考える

「なぜ自分は生きているのか?」
そのように思うことはないでしょうか。

ただ生まれてきて、生まれてきたからなんとなく生きている。
そのような生き方をしていると、生きていることに意味を感じません。
そして、それは「なぜ生きているのか」という、言いようのない不安感に変わります。

こうした不安感を払拭するためには、「なぜ生きるのか」ということに対し、真剣に向き合う必要があります。
自分は何を望んでいるのか。
何を大切にしていきたいのか。
社会や他人からいいように思われたいだけなのではないか。

こうした様々なことに思いを巡らせることで、はじめて自分の人生に確信を持てます。
「自分はこう生きればいいのだ」という確信です。
本書が、そのきっかけとなれば幸いです。

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