b00k.jp ~積み上げ式読書ノート~
公開日:
最終更新日:2017/02/03

日本の公害、環境問題の歴史

不死鳥のごとく復活を遂げた、戦後の日本経済。
ゼロの状態から、すべてを築き上げ、世界有数の経済大国にまで成長しました。

このように、いい面が強調されることの多い戦後の日本経済ですが、もちろん問題もありました。
その一つが、公害問題です。
経済の発展が優先されすぎた結果、環境やそこに住む人たちへの配慮が欠けていたのです。

成功の歴史を学ぶことも重要ですが、歴史は失敗から学ぶものの方が多いです。
なぜなら、成功の要因はその時々で変化しますが、過ちを犯す原因はいつの時代も同じだからです。
同じ過ちを繰り返さないために、今回は公害問題についてみていきます。

公害問題、4大公害

死の川、死の海

戦後の日本経済は、目覚ましい発展を遂げました。
しかし、その裏では深刻な公害問題が発生していました

人口の増加、それに伴う生活排水の量の増加により、多摩川は死の川と呼ばれていました。

当時の状況を映した映像

下流では家庭用洗剤の泡が川面を覆い、風に乗って、まるでシャボン玉のように周辺に漂いました。
近づくと悪臭が強く、近づく人も少ない状態が続きました。

静岡県の田子の浦は、死の海と呼ばれていました。

当時の状況を映した映像

海にヘドロが堆積し、ヘドロから硫化水素が発生していました。
富士市には当時約150の製紙会社があり、排水に含まれる製紙カスは1日約3000トン。
これが海底に堆積していたのです。

このような環境汚染の他にも、四日市ぜんそく、水俣病、イタイイタイ病、第二水俣病の4大公害病が問題になりました。
今の中国と同じような状況が、かつての日本にもあったのです。

なぜ、公害が発生したのか?

公害が発生した直接の原因は、経済の発展に伴う、廃棄物の量の増加です。
しかし、これらは適切に処理が行われれば、そこまで深刻な公害問題になることはありません。
では、なぜここまで深刻な公害問題が発生したのでしょうか?
その原因を見ていきましょう。

公害に対する無知

まず、考えられるのが、公害に対する無知です。
たとえば、
「水に流せば、汚染物質は薄まる」
「煙突を高くすれば、排煙の影響は少なくて済む」
などです。
今となっては考えられませんが、当時は公害に対する常識も広く知られていませんでした。

総量規制の概念がなかった

当時にも、廃棄物の制限を定めた条例は存在していました。
しかし、それは個々の企業に対して課されたものです。
廃棄物全体の量を規制する、総量規制ではなかったのです。

企業の数が少ないうちは、それでも大丈夫でした。
ところが、経済が発展し、企業の数が増えるにしたがって、廃棄物の量が増えていきます。
個々の企業が基準値を守っても、全体の数が増えるのだから当たり前です。
そのため、全体としての廃棄物の量は、自然が分解できる量をはるかに上回っていたのです。

経済の発展を最優先とした

公害問題は、主に企業が犯人です。
しかし、当時は政治的に経済発展を優先していました。
また、地方自治体は、たくさん税金を払ってくれている企業に強くものを言えません。
さらに、その企業が地域の雇用も支えているとなれば、なおさらです。
このように、公的な機関が、企業に対して意見を言えないという事態も公害問題の深刻化に拍車をかけました

問題の解決

公害が深刻化してしまう理由として、
・公害に対する無知
・条例が実態に追いついていなかった
・自治体が企業に強く出れなかった
ことがありました。

この中でも、厄介なのが、自治体が強く出れないことです。
企業が犯人だとわかっているけれど、見て見ぬふりをするという事態になってしまうのです。
このような状況で、問題の解決の端緒となったのは、地域住民の反対運動でした。
反対運動により、メディアなどでその公害問題が報道されます
それにより、世間の関心が高まり、事態が進展し始めるのです。

しかし、公害問題は一度起こると、その被害は長く続きます
水俣病の賠償がまだ続いている事などからも、そのことがわかります。
公害の原因がなくなったから、すべて解決というわけではないのです

今回のまとめ

・戦後日本経済は、公害問題を引き起こしてきた。
・その原因は、公害に対する無知や経済成長を優先したため。
・政府や自治体に任せるだけでは、公害問題は解決しない。
・公害問題は一度起こると、その被害は長期にわたる。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

この日本で生きる君が知っておくべき「戦後史の学び方」 池上彰教授の東工大講義 日本篇 (文春文庫)

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