戦後日本経済の歩み
戦後の日本は、主要都市が軒並み焼け野原になっていました。
まさに、何もない状態だったのです。
しかし、そのような状態から、ここまでの経済大国に成長することができました。
それは、一体なぜなのでしょうか?
今回は、戦後の日本の経済の歩みを見ていきます。
世界で唯一成功した社会主義国
日本は、しばしば世界で唯一成功した社会主義国と言われることがあります。
では、そもそも社会主義国とは何でしょうか?
社会主義国とは、社会が平等で、人々が働くことに喜びを見出す社会のことです。
ふつう、みんなが平等だと「頑張って働こう」という気持ちが湧きません。
頑張っても、頑張らなくても給料が一緒なら、頑張ろうとは思えませんよね。
とりあえず、9時から17時まで会社にいればいいか、というような感じになってしまいます。
しかし、日本ではそうはなりませんでした。
それは、国民に自分は中流であるという意識があったからです。
自分は平均よりも上であるという意識です。
それを下支えするように、給料も年々上昇していきました。
このような背景もあり、日本は社会主義国として一定の成功を収めたのです。
”一定”というのは、後にバブル崩壊などで、この制度が崩壊するからです。
度重なる好景気
戦後日本は、度重なる好景気を体験しました。
1954~1957年の神武景気、
1958~1961年の岩戸景気、
1962~1964年のオリンピック景気、
1965~1970年のいざなぎ景気…
戦後すぐは、日本のほとんどは焼け野原でした。
そのため、とにかくインフラの整備が急務でした。
逆に言えば、インフラを整備するという仕事に圧倒的な需要があったのです。
つまり、常に目の前には仕事があったということです。
そして、インフラが整備されれば経済は上向く。
働けば働いたぶんだけ、日本がよくなり、自分の給料も増えるというわけですね。
このような好循環も、日本の経済成長の要因の一つです。
預金の習慣の刷り込み
経済の発展のためには、投資が必要です。
企業が設備に投資を行うことで、生産性が向上するからです。
そして、投資を行うためには、資金を得る必要があります。
その資金は銀行から借ります。
では、銀行のお金はどこから出るのでしょうか?
それは、私たちの預金です。
私たちが銀行の口座に預けたお金が、企業に貸し出されていくわけです。
経済の発展のためには、企業の投資が必要。
企業の投資のためには、銀行にお金が必要。
銀行のお金は、私たちの預金。
ということは、経済の発展のためには、国民が銀行にお金を預ける必要があります。
そこで、政府は国民に預金の習慣を刷り込もうとしました。
それが、こども銀行という取り組みです。
これは、学校に金融機関の人間が来て、預金や引き出しを行うというものです。
これにより、子どもたちは、小遣いをもらったら貯金するという習慣を身につけさせられました。
この政策は、功を奏し、日本の預金率は上昇。
企業の設備投資も上手くいき、ご存知の通り日本経済は目覚ましい発展を遂げました。
しかし、バブルが崩壊し、消費が伸び悩む現在、貯金の習慣が裏目に出ています。
消費をしてほしいのに、貯金の習慣がそれを妨害しているのです。
当たり前ですが、何が最善かはその状況によって大きく変わるのですね。
今回のまとめ
・日本は世界で唯一成功した社会主義国。
・度重なる好景気や、預金の習慣などが、それを下支えしてきた。
・しかし、現在はその制度も立ち行かなくなっている。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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