こんにちは。
引き続き「反応しない練習」を見ていきます。
今回は、自分を他者と比較することのデメリットについてみていきます。
なぜ私たちは比較するのか?
私たちは自分を他人と比較することが大好きです。
「自分の身長は、平均と比べてどうだろうか?」
「自分の年収は、同年代よりも多いのだろうか?」
「自分の会社は、あの会社よりも人気があるのだろうか?」
といった具合です。
では、なぜ私たちは比較することが大好きなのでしょうか?
それは、自分の価値を確認したいからです。
他のものと比べて自分は優れているのか、劣っているのか。
何かと比べることで、自分の価値を確かめたいのです。
これは裏を返せば、自分の価値を信じきれていないことになります。
自分の価値を肯定できないから、自分の価値を気にするのです。
比較することに意味はあるのか?
比較をすることで私たちは自分の価値を確認します。
しかし、これに意味はあるのでしょうか?
そもそも、他人と比較したところで、自分の価値がわかるわけではありません。
人間は一人ひとりみんな違った存在です。
得意なこともあれば、不得意なこともある。
そんなそれぞれ違ったものを、ある一面だけ切り取って比較することに意味があるのでしょうか?
また、「自分の価値を確認したい」というのは、「自分が優れていことを確認したい」と言い換えることもできます。
つまり、比較をするというのは自分よりも劣った存在を見つけることで、安心感を得るという側面もあるといえます。
自分よりも劣ったものが存在するということを確認することで、かりそめの安心感を得ているわけです。
比較は苦しみを生み出す
比較は苦しみを生み出す原因にもなります。
比較を行えば、自分よりも劣った存在がいることがわかります。
しかし、これはある一面での比較の結果にすぎず、実際にそうかどうかはわかりません。
つまり、自分よりも劣った存在がいるという妄想に過ぎないのです。
そうした根拠のない妄想を見て安心感を得ているのです。
同様に、自分よりも優れたものがいるという妄想によって、自分は劣っているという苦しみを生み出します。
比較することで、現実に対する間違った理解を生み出し、それによって苦しみが生じるのです。
比較するのを止めよう
比較は妄想にすぎず、それによって苦しみが生まれることがわかりました。
だとすれば、比較をすることは止めるべきです。
そもそも私たちが比較を行うのは、自分の価値に対する不安からです。
ならば、自分の価値を信じられるように行動すればいいのです。
外の世界と比較するのではなく、頑張っている自分自身に価値を感じるようにするのです。
そのためには、目標の設定を外から内に変える必要があります。
例えば、テストで「100人中10位以内を目指す」ではなく、「毎日1時間勉強する」を目標にするのです。
10位以内を目指すというのは、比較の目標です。
10位以内に入れなければ自分に価値を感じることができません。
また、頑張ったからと言って必ず順位が上がるわけでもありません。
しかし、毎日1時間勉強することは、自分の努力次第で可能です。
コントロール不能な順位に惑わされることなく、自分の頑張りを評価できます。
このように、比較することを止めるには、自分自身の価値に対する考え方を変えていく必要があるのです。
今回のまとめ
・私たちが比較を行うのは、自分の価値を信じきれていないから。
・比較で得られる安心感は妄想に過ぎない。
・比較することで、現実に対する間違った理解が生じる。
・比較を止めるには、自分の価値に対する考え方を変える必要がある。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!