b00k.jp ~積み上げ式読書ノート~
公開日:
最終更新日:2016/06/19

他人の目を気にすることが、不要な苦しみを生む

こんにちは。
引き続き「反応しない練習」を紹介していきます。
今回は、他人の目を気にすることの無意味さについてみていきます。

他人の目

なぜ他人の目を気にするのか

他人の目を気にしてしまうのは、私たちが承認欲求を持っているからです。
承認欲求とは、他者から認められたいと思う心のことです。
承認欲求があるから、私たちは自分の価値を気にします。
他人から承認されるためには、できるだけ自分の価値を高く見せたいからです。
そして、自分の価値を気にするから、自分がどう見られているのを気にするのです。
これが、私たちが他人の目を気にしてしまう原因です。

他人の目を気にすることは苦しみを生み出す

他人の目を気にすることで、自分の思うように動けなくなってしまいます
「他人からよく思われるようにふるまわなくては。」
「こんなことをしたら、変だと思われるんじゃないだろうか。」
このように、他人の目を気にすると、自分のしたいことができなくなってしまいます。
これは、自分よりも他人の考えを重要視していることと同じです。

自分の思い通りに生きることができないということは、苦しいことです。
常に自分の欲求を押さえつけているのと同じなのですから。
このように、他人の目を気にすることは苦しみを生み出すことにつながるのです。

他人の評価はわからない

他人の目を気にしても、自分の評価が上がるわけではありません
例えば、他者から良く評価されたいと思って、頑張ったとしましょう。
しかし、自分では頑張ったと思っても、それが他者に評価されるかはわかりません。
評価はまったく変わらないかもしれません。
このように、他人が自分をどう評価するかはコントロール不能で、知りようがないのです。

他人の評価を知ることができないのであれば、それを気にするのも無駄なことです。
「自分は見下されているのではないだろうか?」
「もしかしたら、低く評価されているのではないか?」
このような考えは、何の根拠もない妄想にすぎません。
そして、このような妄想によって、
「不当な評価をされた。許せない。」
「あいつらはなにもわかっていない。」
などと、無用な苦しみを生み出すのもまた無意味なことなのです。
他人の評価という根拠のない妄想によって、自分自身を苦しめているのです。

他人の評価を気にしたところで、何かが変わるわけではありません。
むしろ不要な苦しみを生み出す結果になります。
他人の目を気にしている暇があったら、今できることに無心で取り組む
それが、一番有効な時間の使い方であり、無用な苦しみを生み出すこともないのです。

今回のまとめ

・他人の目を気にしてしまう原因は、承認欲求。
・他人の目を気にすると、思い通りに行動できなくなる。
・他人の目を気にしても、自分の評価が変わるわけではない。
・他人の目を気にしている暇があったら、今できることをしよう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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